2024.10.18

INTERVIEW Vol.37(前編)

海の天然色を追い続けた30年と
これからのコト

海への憧れを掻き立てる幻想的な世界観で
注目を集める水中写真家・鍵井靖章さん。
その人柄はメディアで目にするとおり、太陽のように明るくて朗らか。
「ずっと海に潜ってるから、そろそろエラ呼吸ができそう(笑)」
と、たくさんの冗談を交えながら
水中写真で生きていくことを決定づけた運命の日から今までを、
そして表現者として見据える
次のステージについて語ってくれました。

海の写真が新しい世界の地図に見えた

ことの始まりは、ごく普通の大学生だった鍵井青年が
地元である兵庫県川西市の百貨店で開催されていた
水中写真家・伊藤勝敏氏の個展に何気なく立ち寄ったこと。

「『海の中には別の世界がある!』と衝撃を受けました。
水中写真というものを初めて見たというのもありますが、
ただきれいな海の写真ではなく、
宇宙を感じさせるスケール感に圧倒されました。
うまく言えないけれど僕の目にはその写真が
見知らぬ世界へ誘う地図のように見えたんです」

――あぁ、こんな仕事したいなぁ
思わず口をついた言葉に、
一緒に鑑賞していた友人がひと言。
「この写真家さん知ってる。鍵井くん家の近所に住んでるんだ」

早速、伊藤氏に電話を掛け
「弟子にしてください」と直談判。
「写真はやってるの?」と伊藤氏。
「いえ」と鍵井青年。
「ダイビングは?」と伊藤氏。
「やったことないです!」と鍵井青年。
「……」伊藤氏。

「あっさりと断られました。当然ですよね。
ところが、どこからかそのことを聞きつけた近所のおばちゃんたちが
『鍵井くんはええ子やから、一度海に連れて行ってあげて。もしくはアシスタントにしてあげて』と
伊藤先生に口添え……、というか援護射撃してくれまして、
アシスタントとして採用してもらえることになったんです。
“関西のおばちゃんのおせっかい”がなかったら
写真家になれてなかったかも(笑)」

鍵井さんの写真家活動初期作品

水中、地上すべての色を知りたい

大学卒業後、就職はせずに生花店でバイトをしながら
伊藤師匠のもとで修業を積む日々。

アシスタントの給料だけでは生活できないため、
仕事を掛け持ちするのが業界の常識だった時代に
鍵井さんが選んだアルバイト先は生花店でした。

「海中を撮し取る前に、地上の美しい色も知っておこうと思ったんです。
『意味ある?』と思われるかもしれませんが、
母がお花好きだったこともあり、
花々がもつ自然界の色の魅力には興味があったんです。
例えばメントンという品種のチューリップ。肌色に近い微妙なピンク色で、
わかりやすくきれいな色ではありませんが、注視すると実に美しいんです」

ときに“夢色”と評される鍵井作品の豊かな色彩には
このとき、花屋で培った繊細な感覚が影響しているのでしょう。
あえて全体に光を回さず、自然光や小さな水中ライトだけで
海中の天然色を目で見た通りに切り取ることが鍵井ワールドの真骨頂。

「わずかに彩度は上げていますが、加工はほぼしませんね。
海中には、ありのままできれいな色がたくさんあるんですよ」

「水中写真家」と呼ばれなくてもいい

自然動物写真家の登竜門「アニマ賞」を機にフリーランスに転身し
かれこれ30年以上、海の世界を捉え続けてきた鍵井さんですが
今、またひとつの転換期を迎えていると語ります。

「『海中写真家=写真を発表する。だけじゃなくて
ダイビングと写真の技術を持ち、海を撮り続けてきた人間・鍵井靖章として
世の中に貢献できることはもっとあるんじゃないか?』と
自由に発想できるようになってきたんです」

そうして始めた活動の一つがビーチクリーンと
海洋ゴミの問題を可視化するインスタレーションです。

浜辺で拾ったゴミのなかから白いものだけを選別して白いスクリーンを製作し、
そこへ海のカラー映像を投影。
その映像のなかに2~3秒の空白を設けることで
美しい海から突如ゴミが露わになる作品に仕上げたのです。
それは、自然とゴミの対比を強く印象付けるものになりました。

「会場では「来てよかった」というお声をたくさんいただき、
人はきれいな海の景色に癒されたいだけじゃない。
環境問題に高い意識をもつ若者も多いことに気付きました。
ダイバー仲間へビーチクリーンを呼びかけたときも、全員が快く賛同してくれて
『なんだ、みんなもやりたかったんか!』と。なんか嬉しかったですね」

さらに鍵井さんがもう一つ力を入れているのが
子どもホスピスや児童発達支援センターなどを海の生物のシールで水族館のように彩る
『子どもホスピスうみそらプロジェクト』です。

病気などの事情で、海に訪れ遊ぶことが難しい子どもたちのために
鍵井さんの写真から制作されたクジラや魚のシールで
ホスピスや児童発達支援センターなどを水族館のように飾る活動です。

ダイバー仲間から募ったドネーション60万円を10万円ずつ投じ、
6ヶ所のホスピスや病院をシールで水族館へと変えてゆく予定とのこと。

「当然ですが、僕は一切の利益を得ませんし、
写真家の活動とはベクトルが違うかもしれませんが
大好きな水中写真で生きてこられて、たくさんの人に応援してもらった恩を
少しずつ、社会にお返ししていきたいと思ってます。

「若かりし頃は"『ナショナルジオグラフィック』の表紙を飾るような
偉大な写真家になってやる"と
意気込んでいた時期もありましたが、
今は“写真家”と呼ばれなくてもいいかな。
来年あたり“ボランティアおじさん”とか
“ゴミ拾いおじさん”とか呼ばれているかも(笑)」

「でも、いいんですよ。肩書はなんでも」

(後編に続く)


YASUAKI KAGII

1971年兵庫県生まれ、神奈川県鎌倉市在住。
1993年よりオーストラリア、伊豆、モルディブに拠点を移し、水中撮影に励む。
1998年に帰国、フリーランスフォトグラファーとして独立。
3.11以降、岩手県・宮城県の海を定期的に記録している。
『ダンゴウオ -海の底から見た震災と再生-』『unknown』『不思議の国の海』他著書多数。
第15回アニマ賞(1998)、日本写真協会新人賞(2003)、
日経ナショナルジオグラフィック写真賞優秀賞(2013、2015)受賞。
「情熱大陸」「クレイジージャーニー」「探偵ナイトスクープ」「関ジャニ∞クロニクルF」などにも出演。
https://www.instagram.com/yasuaki_kagii/

  • Photo:Kengo Shimizu
  • Text:Hiroshi Morohashi(LEMON SOUR, Inc.)
  • Edit:Toshiki Ebe(ebeWork)

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